ゆうプロフィール

はじめまして、ゆうです!

当ブログの管理人「ゆう」の
プロフィールページとなっています。

 

このブログでは、
自分でお金を稼ぐ力を身に付け、
自由にはたらくことで、
私らしく幸せに生きる方法

をお伝えしていきたいと思います٩( ‘ω’ )و

 

具体的には、

・自分の好きなことや得意なことでお金を稼ぐ!

・パソコン1台で、場所や時間を選ばす収益化する!

・「ありがとう」をいただきながら、やりがいをもって働く!

・会社にも夫にも依存せず、自立して生きる術を身に付ける!

・OLをしながらでも第二の収入源を作り、将来はOLを卒業する!

など、これらのことを達成するのが目標です。

 

そんな私は、今は派遣の翻訳者としてフルタイムで仕事をしながら、これらの方法を学び副業として実践しています。

私のこれまでの実績は、大きく3つです。

・副業の総収益が270万円を超えた🎉
 
・タイムチケットで優秀賞をいただき、表彰された🎉
(>>表彰された時の記事はこちら)
 
・集英社の雑誌「MORE」で副業で稼ぐOLとして紹介された🎉
(>>雑誌に載った時の記事はこちら)

 

「個人でも自分の力で収益化できるんだ!」というのを身を以て実感でき、
今はフルタイムOLを卒業するために、さらに勉強しながら夢に向かって頑張っています!

 

こんなことを言うと、

「ふ〜ん、意識高い系?」

「すごいね。でもゆうさんだからできたんでしょ?」

「元々勉強も仕事もできて、才能もあったんでしょ?」

なんて思われるかもしれませんが、全くそんなことないんです。

 

副業を始める前の私は、コンプレックスまみれの人生こじらせ人間でした。

人から理解されなかったり、人と自分を比較しては落ち込むようなことも多かったんです。

 

ここからは、今まで私がどんな道を歩んできたのか、少し紹介させてくださいね。

 

1. 家族が大好きだった子供時代

私が生まれたのは、静岡県のとあるまち。

家から5分程歩いたところに海岸があり、
海の向かい側には山が見えるという、ど田舎の出身です。

 

家庭は、

・いつも優しい父
・普段は優しいけど怒るとめちゃ恐い母
・お姉ちゃん子だった弟
・よく面倒をみてくれた祖母

という構成で、幼い頃から家族と一緒に過ごすのが大好きでした。

 

私の両親は普通のサラリーマンでしたが、
母は基本の休みが平日だったので、

休日には、父が私と弟を
公園や動物園に連れて行ってくれたり、

おばあちゃんがご飯を作ったり、
お手玉やビーズで遊んでくれたりしていました。

 

夏休みには毎年、父・母・弟と私の4人で
山梨や長野の涼しい場所へ旅行にいきました。

お正月は家族全員が家にいて、
家でみんなで人生ゲームやトランプをしたり

家族みんなでスケートをしに出かけたりするのが
大好きでした。

 

「将来は優しい旦那さんと結婚して
 幸せな家庭を作るんだ!」

というのが、その後の私の夢になるんですが、

こう思ったのも、
これらの家族との思い出が
大きく影響してるんだと思います。

 

2. 自信喪失した高校時代

高校に入った頃の始めは
クラスは知らない子ばかりで、
人見知りが勃発し、

入学1ヶ月間くらいは1人も友達ができなかった
苦い思い出が…

 
「話しかけたらどう思われるかな?」

「嫌われたらどうしよう」

と思うと怖くて、
誰にも話しかけることもできずに
高校生活の暗いスタートを切りました。

 

でも、そんな
静かで暗〜い雰囲気を醸していただろう私に、
1人話しかけてくれた友達がいたんです(´;ω;`)

 

人見知りではあったものの、
もともとの私は活発な性格なので、

その子のおかげで、その後は友達にも恵まれて
寂しい3年間を送らずに済みました…!

 

ただ、
高校時代に所属していた部活(合唱部)の
顧問の先生との関係が、
私の人間としての自信を喪失させます。

 

というのも、
当時その先生から、
私の性格や考え方について
かなり散々なことを言われてたんです。

 

何に対しても明るく振舞う性格だったからでしょうか。

・お前は変だ

・理解できない

・気が利かない

・普通の女子高生はもっと悩みながら生きてる

・世の中にはもっと大変な環境で生きてる人がたくさんいる

・お前みたいな何にも悩みがないようなノーテンキなヤツは他にいない

などと、高校3年間
面と向かってこんなことを言われていたんです。

 

表向きは、
「え〜そうですか〜!あはは〜」
なんて言ってました。

 

でも心の中では

・私って変なんだ…
・理解されないんだ…
・どうしたら普通になれるんだろう…

と、かなり悩んでました。

 

3. 海外に憧れた大学時代

そんな私は高校時代に、
修学旅行でオーストラリアに行ったことがきっかけで、
海外に憧れをもつようになりました。

そんな憧れだけで、英語を一生懸命勉強し
地元の大学の語学学部に進学し、
国際交流のサークルにも入りました。

 

大学時代は日本人の友達はもちろんですが
海外の友達が多くできたこともあり、

自分とは全く違う背景を持った人の話を聞いたり
私の話を聞いてもらったり

お互いの価値観を共有し受け入れる
という経験をたくさんしました。

 

彼らともっと深い話がしたくて、
英語も一生懸命勉強しました。

 

国際交流サークルっていうと、もしかしたら

「ハイテンションでパーティやって ウエーイ!」

みたいなのを想像されるかもしれないんですが、
私のいた場所はむしろ全く逆の雰囲気でした。

 

国もバックグラウンドも違う仲間が集まって
それぞれが自分の信念みたいなものを持ってる
個性派揃いの集団でした。

でも、自分と人とは考え方が違うというのも理解していて、
決して価値観を押し付けようとはしません。

そんなサークルの雰囲気は
アットホームで落ち着いた感じでした。

 

そんな仲間たちが
一緒に料理を作りご飯を食べ、
それぞれの価値観や悩みなんかを共有する。

時には映画をみたり、本を読んだりして
感想を伝え合う。

と、そんなことをしてました。

 

ちなみに、サークル外の友達からは
「え、それって楽しいの?」と
やっぱり理解されませんでした。。。

 

サークルでの経験があって、私は
人はみんな違って当たり前なんだというのを理解し

「私は普通じゃない」

という高校時代の考え方も
一掃させることができました。

 

このときから、将来は

みんな違うけど、それぞれが信念を持って
それぞれがお互いを高めあえるような
コミュニティを作りたい

と、なんとなく思うようになりました。

 

とはいえ、
当時の私はそれを実現するために
何をしようと思っていたわけではなく。。。

とりあえず就職先を見つけなきゃだけど、
特に仕事としてやりたいこともなく、

実家から通える、
仕事がラクそうで安定した会社を探しました。

なんとなく銀行がいいかな〜。安定してそうだしね。

こんな安直な考えで、
いくつかの銀行の採用試験を受けました。

 

しかし、
このような「なんとなく人間」が
簡単に採用されるはずもなく…。

友達がどんどん就職先が決まっていく中、
私1人だけ内定先が1つもなかったんです。

 

そんなとき、
大学の先生から「受けてみれば?」と紹介されたのが、

唯一私に合格通知をくれ、
私がのちに就職することになる都市銀行でした。

これがのちの悲劇の始まりだったんです。。。

 

4. 闇の銀行員時代

なんとなく銀行を志望し、なんとなく合格してしまった私。
(ありがたい話なんですが…)

 

銀行という就職先は信頼感も強く、
家族や親戚からものすごく褒められました。

 

私自身も、
「これで私も成功者だ!」
と、とんだ勘違いをしていたんです。

 

でも、そんな
なんとなくで合格してしまった、しかも
多数派の人には理解されがたい私が、

銀行でうまくやっていけるはずがありませんでした。

 

採用通知をもらったと言えど、
私は、首都圏で狭き門を突破してきたエリート学生たちとは
全く違うタイプの人間でした。

たまたまその年にあった「地方枠」にすべりこんだ、
ただラッキーで合格できただけの人間です。

 

まず、周りはみんな頭が良い。
仕事もできる。
先輩たちとのコミュニケーションも上手い。

私のような、ただの運で入ったようなヤツは
まったく仕事で使えませんでした。

 

先輩につい同じ質問をしてしまうことも多くて、

「大丈夫・・・?」
(こんなこともできないの?的な冷たい言い方)

と何回も言われていました。

 

この「大丈夫・・・?」と言う言葉を
言われるたびに惨めで悲しくなり、
当時はこの言葉がトラウマになっていたんです、、、。

今思い出しただけでもゾワっと鳥肌が立ちます。

 

手際も悪いので、
お客さんにイライラされることも頻繁にありました。

「まだなの?」と急かされたり、
心ない言葉を言われて、
よくトイレでひっそりと泣いてましたね。

 

特に私が大っ嫌いだったのが、
2週間に1回ある飲み会でした。

周りはみんな楽しそうだったんですが、私は

「どうして勤務時間が終わってからも
 気を使いながらぺこぺこしなきゃいけないのか…」

と、嫌で嫌でたまりませんでした。

 

「この仕事、向いてない…」

と思いながら、入社2年後に
銀行を辞めようと決意します。

 

当然、家族や周りからは

「こんなに安定した大企業を
退職するなんて信じられない…」

とものすごく反対されました。

 

でも、私は

私の人生は私のものなんだから
周りがなんと言おうと
自分の信じたことをやってみるんだ!

と周囲の反対を押しきり退職しました。

 

5. お金がなくなった英語講師時代

せっかく働くなら、自分の得意なことをいかそう!

こう思った私は、大学まで勉強した英語を生かそうと、
子ども英会話教室の正社員講師になりました。

この仕事は私にすごく向いていて、
子どもたちに英語を教える仕事は
とてもやりがいがありました。

一生懸命勉強にとりくむ
生徒さんたちのことも大好きでした。

「天職」ってこういうことをいうんだなぁと
本気で感じるようになりました。

 

しかし、ここでも
日々の生活のモヤモヤはなくなりませんでした。

 

仕事は本当に楽しい。
生徒さんたちのことも大好き。なのに・・・・
このモヤモヤはなんなんだろう

こんな風に悩む日々。

 

当時の私は、
英会話教室での仕事がとても好きでした。

でも、

・変則的な勤務時間で帰宅は22:00過ぎ
・講習やイベントで土日も休みなし
・その上給料は銀行員時代の2/3程

という状況が本当に嫌でした。

 


・休みが合わないから友達と気軽に会えない。
・新しい出会いなんて、もちろんない。
・好きな旅行も我慢しなきゃいけない。
・節約生活のため、新しい洋服も買えない。

 

転職してからは一人暮らしをはじめたこともあり、
とにかくお金がありませんでした。

また、もともと家族や友達が大好き!という性格なので

・家ではひとりぼっち
・休日も仕事で友達と会えない

という状況でストレスマックス状態でした。

 

・このままじゃ私の人生はちっとも豊かじゃない!
・こんな生活ずっとするなんて絶対嫌だ!

こう感じずにはいられませんでした。

 

・勝ち組だと思って入った都市銀行もダメ…
・自分の好きな仕事をせっかく見つけたのにそれもダメ…
・同級生たちは会社でどんどん昇進してるのに…
・私にはお金も時間もない…
・なんで私の人生はこうなんだろう…
・やっぱり自分は社会には向いてないんだ…

 

もうどうしたらいいのかわかりませんでした。。。

 

6. 友達から教えてもらった副業の世界

そんな私を助けてくれたのは、
大学時代の友人でした。

ほんと、友達だけには恵まれて生きてきたと思います。

 

彼女がその後の私の人生に、
ものすごく大きな影響を
与えてくれる存在になるのですが…

 

この時彼女が教えてくれたのが、
収入は会社だけに頼るのではなく
「自分で稼ぐ」という考え方でした。

 

当時は、彼女も
OLとしてフルタイムで働きながら
インターネットで副業をしていて、
個人で収益化することに成功していたんです。

 

最初は「大丈夫かな…」と思いながらも、
彼女のメルマガに登録することになりました。

その中で、
「個人で収益を得るにはどうしたらいいのか?」
という考え方ややり方を
0から教えてもらったんです。

 

その結果、私はブログやタイムチケットを使った副業を始め、

多いときには
月収20万円を自分の力で稼ぐことができるようになりました。

 

収益化できたということ以外にも

タイムチケットで年間の優秀賞に選ばれて、表彰式に呼んでいただけたり

出版社から副業の取材を受けて、高畑充希ちゃんが表紙の雑誌の中で紹介されたり…

と、こんな貴重な経験をさせていただきました。

 

「個人で稼ぐ」ための勉強をすることも楽しくて、
自分の成長は自信にもつながりました。

また、
会社に依存しなくても生きていけるという状態は、
私に心の平安ももたらしてくれました。

 

副業の勉強を始めてからというもの、
素敵な出会いもありました。

 

私と同じようにネットでの収益化に取り組む仲間もできたし、
実は夫と出会ったのもこのときなんです。

夫は、副業は直接関係ないのですが、
当時楽しそうに生きてた私に魅力を感じてくれたのだそうです^^

 

7. 翻訳者×副業 2足のわらじで働く

「自分で稼げるんだ!」ということに
自信をもてるようになった私は

「もう会社に依存するのは辞めよう」
と思うようになりました。

 

そんな時にちょうど
英会話スクールの社長から

「新しい校舎を開校しようと思っていて
 その校舎長をゆうさんにやってもらいたい」

という話が。。。

 

先に説明した通り、
私は英会話スクールの社員としての
「安月給で多忙」という働き方が
どうしても好きに慣れませんでした。

・これを引き受けたら、もっと忙しくなるんじゃ…
・本業はもう少しペースを落としたい
・一人暮らしも自分の精神的にキツい

こんな思いもあったので、
このタイミングでスクールを辞めることを決意します。

 

ただ、副業だけで生きていくことには不安もあったので、

・土日は絶対休み
・定時で上がれる

という仕事を探し、
今現在の翻訳事務の仕事を見つけました。

 

「派遣」ということに少し抵抗はあったんですが
3年働けば正社員になれると聞いたので

「これで本業も副業も、自分の時間も確保できる!」
と思ったんです。

 

しかしながら、この後の私は
こんなことで悩むようになります。

・このまま、本業と副業を両立しながらずっと働こうか…
・それが一番安定するよな。
・でも、思い切って独立した方がいいのかな…
・自分には会社で働くより、起業する方が向いてるかも…
・でも、独立してもしも稼げなくなったらどうしよう…

 

そんなある日、
ビジネスを初めて11ヶ月で月収250万円を達成、
その後も毎月100万円を安定して稼いでいるという
すごいママさんに出会います。

8. 月収250万円のワーママとの出会い

「とりあえず本業も副業も
 どっちもがんばっておこう!」

と思っていた私に、2つの試練が訪れました。

 

1つは、派遣社員として働いて3年が立った時。

入社した当初は、
「3年間働けば正社員になるよ」
と言われていたにもかかわらず

3年が経過し、
担当者につきつけられたのはこんな言葉でした。

急に会社の方針が変わってねぇ、正社員にしてあげられなくなったんだよ。
だからゆうさんの契約は、これから定年までずっと派遣。
今はコロナで厳しいしね〜。

 

・・・

 

めちゃくちゃショックでした。

 

と同時に、
副業で収益が出ていたブログも、
長期間安定的に稼ぐことはできない
という事実を突きつけられました。

 

というのも、
ブログは更新し続けている限りは、
それなりに収益がでますが、

一度手を止めてしまえば、
評価もアクセスも収益も
一気に下がってしまうということを実感していたんです。

記事を更新し続けなければならないということにも、限界も感じるようになったんです。

 

・本業では、もう一生派遣か…
・副業も、ブログは安定しないよな…
・もっと安定して稼ぐ方法はないのだろうか…
・まぁでも、そんなに甘くはないよな…

 

こんな風に絶望していたある日、

「仕組みで月収250万円達成!」

というツイートを見つけたんです。

 

・・・

 

どうやら世の中には、
「仕組み」というものを使って
収益を「自動化」してる人たちがいるらしいのです…

 

・仕組み?自動化?
・何それ、めちゃくちゃ怪しいんだけど…
・自動で稼げるわけないよね、
・だってブログ運営だって手を止めたらそこで終わりだったんだから

 

最初はこんな風に思いました。

 

でも、

・ちょっと待てよ、
 もし本当にそんな方法があるのだったら、
 私は一刻も早くこれを学ぶべきなのかもしれない。

・これってチャンスなのかも…

 

こういう風に思ったんです。

 

それから
仕組みで月収250万以上をも稼ぐ
ママ起業家さんとの出会いをきっかけに、

その方のブログ記事を読み、
メルマガに登録し、
YouTubeの動画を視聴し…

急加速で勉強を進めていきました。

 

情報を受け取るうちに、
その起業家さんが言ってることは
すごく筋が通っていることがわかり、

これは真っ当なビジネスなんだ、
と感じるようになっていきました。

 

・収益の仕組み化は低資金でできる

・隙間時間でできるから副業でもOK

・「ありがとう」と感謝されながら収益化できる

・自分の好きなことや得意なことで収益化できる

・この仕組みを作らないと「お金と時間」は両立できない

・勉強して実践さえすれば、誰でもちゃんとお金を稼ぐことがでる

 

これらのことを学ぶうちに、
自分が仕組みを作る未来を
具体的に想像できるようにもなりました。

 

・このタイミングで、今までのブログのやり方は卒業するべきかも!
 
・副業で安定して、お金も時間も自由に手に入れられるのかも!
 
・もしかしたら、会社を辞めても生きていけるのかも!
 
・そんな未来、手に入れたい!
 
・やってみたい!

 

さらに勉強を重ねるうちに、
世の中には副業初心者にもかかわらず、
こんな人たちがいることを知りました。

 

開始2ヶ月目で月4万円を
自動で稼げる仕組みを作った人。

7ヶ月で25万円を
自動で稼げる仕組みを作った人。

4ヶ月で70万円を
自動で稼げる仕組みを作った人。

 

私より後から副業を始めてるのに、

彼女たちはちゃんと

お客様に喜ばれる仕事をしていて
稼いでる金額も圧倒的でした。

しかも、自分の好きなことや得意なことを生かして
自分らしく自由に働いているというのです。

 

「なんでもっと早くブログ以外の収益化に目を向けなかったんだろう…!」

 

私はめちゃくちゃ後悔しました。

 

「でも、今までの悩みから解放されるには、これしかない!」

そんな風に感じ、
今の私はこれまでの副業のやり方をすべて見直すことにしました。

 

改めてビジネスの勉強を始めたことで、
同じようにビジネスに挑戦する
素敵な人たちに出会うことができました。

 

で、ここでもう一つわかったことが
「仕組み」を作って起業されているのは
ママさんがめちゃくちゃ多いということ。

 

彼女たちが口々に言うのは、

・子育てしながら会社でフルタイム労働は本当に大変

・もっと子供と一緒に過ごす時間がたくさん欲しかった

・ママになっても、人生の主役は自分でいたかった

・お金も時間も自由になれる方法は「仕組み」しかなかった

・自分らしく、お客様との関わりのなかで、やりがいをもって働くにはこの方法しかなかった

ということ。

 

これらの話を聞いている中で、

・本業と副業の両立か…?
 それとも
・独立するか…?

という私の中の迷いに、明確な答えを見つけたんです。

 

女性はライフステージの変化によって
働き方を見直さなければいけない時が
必ずやってくる。

そのときにも
自由にストレスなく働くために
自分らしく幸せに生きていくために
大好きな家族との時間を確保するためには、

独立した方が絶対に良いに決まってる…!!!

 

今、私はこの
月収250万円を稼ぐママさんの企画に参加し、

コミュニティに属しながら
ビジネスを0から学び直しています。

 

自分でお金を稼ぐ力を身に付け、
自由にはたらくことで、
私らしく幸せに生きる

という、私の夢の途中でがんばっています!

 

9. 自分らしく幸せに生きる選択をしよう

ここまで読んでくれたということは、あなたも

・自分には会社で働くことが合わない

・安月給が耐えられない

・好きな仕事のはずなのにうまくいかない

・このまま一生フルタイムで働き続けることに疑問を感じている

という悩みを持っているのではないでしょうか?

 

私は今まで、
自分の働き方について、人一倍悩み
転職や副業にも挑戦してきました。

実体験を通して、

「働き方」や「お金」というのは
「幸せかどうか」に直結する

というのがわかったんです。

 

過去の、
はたらき方やお金に悩んでいた私は
全然幸せではありませんでした。

あなたはどうですか?

今、幸せですか?

 

自由で幸せにいるために、
私が出した答えが、

「自分でお金を稼ぐ力をつけること」

です。

 

私は、今は、

自由にはたらくことで
自分らしく幸せに生きられる女性が
もっと増えたらいい!

というか、
女性こそ
自由に自分らしく生きるべき!

と思っています。

 

そんな想いで、
このブログやメルマガで発信をしています。

 

今の私の夢は、

自分でお金を稼ぐ力を身に付け、
自由にはたらくことで、
私らしく幸せに生きること

 

そして、大学の時に感じていた

みんな違うけど、それぞれが信念を持って
それぞれがお互いを高めあえるような
コミュニティ
を、

「自由にはたらく」という選択をしたい
女性のためのコミュニティ

として作り上げることなんです。

 

ブログでは、今私がどんな活動をしているかを
記事にして発信しています。

そして、メルマガでは

ブログには書けないような、
もっと具体的で濃い情報を発信しています。

実際に私が、
これまで100万円を超える自己投資をして
学んできた情報や知識も、
ふんだんに盛り込まれています。

 

私は今まで、

・副業を教えてくれた大学時代の友人
・仕組みを教えてくれた月収250万円起業家さん

に出会ったことで、

「働く」とか「稼ぐ」という考え方を
大きく変えられてしまいました。

 

彼女たちのおかげで
私が新しい道に一歩踏み出せたように、

あなたがこの記事をここまで読んでくれたということにも、
絶対に意味があると思うんです。

 

私のメルマガでは読者さん限定で、

今私が実践している
「仕組み」の概要をまとめた動画やPDF
をプレゼントしています。

 

これを見ていただくだけでも、

自分らしく収益化するためには、
何をすればいいのか

がわかるようになります。

 

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